1994年に東京・表参道に開業し、2023年で29周年を迎える「バルバッコア」は、ブラジルの国民的なバーベキュー料理「シュラスコ」の文化を日本に伝える店です。好きな肉を好きな量で好きなだけ、そんな肉好きの心を鷲づかみにするコンセプトが人気で、ブラジル・サンパウロに本店をもつ同店は、ブラジルに6店舗、日本では東京・大阪に9店舗、さらにイタリア・ミラノにも支店をもちます。
和牛や外国産など幅広く使用している牛肉のなかで、サーロインやカイノミ(脇腹の肉)、イチボなど主要な肉は創業直後からオーストラリア産を使い続けています。それは、バルバッコアブランドのブランド統括料理長の中嶋カルロスアントニオさん(以下、カルロスさん)の絶対に譲れないこだわりです。
ブラジルの野性的な料理シュラスコをラグジュアリーな空間で
「バルバッコア 青山本店」(以下、青山本店)に入ると大きなガラスの向こうにシュラスコ専用の焼き台「シュラスケーラ(Churrasqueira)」が見え、肉を焼く職人のパサドール(pasador)たちが、大きな串で差した塊肉の焼き加減を見張っています。
「焼けた頃合いとテーブルに座るお客様の食事の進み具合を見ながら、肉がもっともおいしい瞬間にあわせてテーブルに運び、切り分けていきます」と説明するのは、サンパウロ本店でもパサドールを務め、日本店の開業時に来日し、現在はバルバッコアブランドの統括料理長を務めるカルロスさんです。
中嶋カルロスアントニオさん(以下、カルロス)「僕にとってシュラスコは、土曜や日曜に家族や近所の友人たちと、各家庭にあるレンガの窯で肉を焼いて食べるものでした。外で食べる料理ではありませんでしたが、たとえば、ちょっと極端な言い方ですが、ロードサイドにあるドライブインで長距離トラック運転手の男たちがたべているようなイメージもあります。そんな料理を、日本でいえば銀座や表参道のような高級なエリアに開いたのがバルバッコアのサンパウロ本店でした」
古くからある野性的な肉料理を、ヨーロッパ風のレストランの空間のなかで食べる。ラグジュアリーに組み替えられた新しいシュラスコ専門店は、サンパウロですぐさま評判になり、日本に支店をもつようになったのは、オープンから4年後のことです。
およそ30年前、22歳になる年に来日したカルロスさんは、日本のすき焼きや焼肉のように薄く切った牛肉を瞬間的に加熱して食べる文化に驚かされた一方で、祖国ブラジルにあるような大きな塊肉をじっくり焼いて食べる文化が少ないことを残念に感じていたといいます。
カルロス 「すき焼きや焼肉以外にも、世界にはおいしい牛肉の食べ方があることをシュラスコを通して日本のお客様に知っていただきたい。そんな思いでバルバッコアの日本店オープンを迎えたのを今でも覚えています」
麦黒牛の味がバルバッコアの味、絶対に変えられない
青山本店の開業に際し、国内産から輸入品までさまざまな牛肉を食べ比べたというカルロスさん。オープン後も、アメリカ産やカナダ産などを試しながら、しばらくは試行錯誤が続いたといいます。
3カ月ほど経ったときにオーストラリア産のロンググレインフェッド(長期穀物肥育)牛に出会いました。現在では「麦黒牛」というブランド名で流通しているブラック・アンガス種で、冷涼で新鮮な水が豊富なオーストラリア南東部ニュー・サウス・ウェールズ州のリヴァリーナで育てられた牛肉でした。
カルロス 「バルバッコアで伝えたかったことは、牛肉をたくさん食べてほしいということ。そのためには脂がしつこいと、食べ飽きてしまいます。コーンを中心に食べるアメリカ産の牛は、僕としては、やや脂が多い。放牧での飼育期間と穀物のなかでも大麦を中心に食べさせている麦黒(牛)は、赤身と脂身のバランスが理想的でした」
以来、現在にいたるまで青山本店では、麦黒牛を使い続けているのはもちろん、バルバッコアのシュラスコが人気になり、支店が増えていくなかでも、全部の支店で麦黒牛を導入し続けてきました。
しかし、店舗が増えていくなかで、安定して麦黒牛を全店で使えなくなるという問題が生まれました。肉が足りなくなってしまったのです。バルバッコアブランドのなかで、アメリカ産などの他国の牛肉を使った方がいいのではないかという意見がでましたが、カルロスさんはこれに反対し、麦黒牛を使い続けることを主張したといいます。
カルロス 「10年ほど前の話ですから、すでに20年近く、麦黒牛を使い続けてきて、麦黒牛に合わせた高火力のシュラスケーラも導入しました。それは、私たちにとっても、お客様にとっても麦黒牛を使ったシュラスコがバルバッコアの味、変えたらバルバッコアの味も変わってしまうと言ったんです」
最終的にイチボ(ピッカーニャ)だけは、全店舗での使用する量を確保することができず、青山本店を含む関東圏の店舗はアメリカ産に変わりましたが、カイノミ(フラウジィニア)とランプ(アルカトラ)、サーロインの3つの部位は引き続き麦黒牛を使い続けることになりました。
牧場と肉屋を営む実家に生まれ、牛肉に慣れ親しんできた
カルロスさんは、1971年にブラジルの南部、アルゼンチンとの国境も含むサンタカタリーナ州の出身。世界最大級で、世界自然遺産にも指定されているイグアスの滝の近くに生まれました。牛を飼う牧場が多い地域で、カルロスさんの実家も牧場を開いていました。
400頭ほどの牛を飼う比較的大きな牧場で、肉牛のブラック・アンガス種やレッド・アンガス種、乳牛のジャージー種などの牛を放牧で育てながら、地元のイモ類を食べさせるなど育て方にも工夫をしていたといいます。
牧場のほか肉屋も営んでおり、6人兄弟の五男だったカルロスさんは、6歳頃から精肉のカットなどの手伝いをしていたといいます。兄が牧場を継ぐなかで、身近な存在だった牛肉を使って地元でシュラスコの店を開きたいという夢がカルロスさんにはありました。そこで19歳で人口1000万人を超える南半球最大の都市サンパウロに出たカルロスさんは、バルバッコアのサンパウロ本店のオープニングからパサドールとして修業を始めます。
カルロス 「3年ほど務めた頃、バルバッコアが日本支店を出すという話を聞き、ぜひやってみたいと立候補したんです。自分の店を持つという夢に近づけるという想いもありました。日本に来て、自分が考えるバルバッコアの店のイメージを実現させていくうちに、自分の夢を叶えているような感覚になりました。来日してもうすぐ30年、ずっとバルバッコアのことを考え続けてきましたから、今では自分の子どものような存在になっています」
日本で知った麦黒牛を紹介するなど、サンパウロの本店とは、今も親交が続いています。
シュラスコをつくるのは簡単、おいしいシュラスコを食べてもらうのは難しい
カルロス 「来日して悲しかったことは、お客様から『赤身はおいしくない、サシが入った和牛の方がおいしい』といわれたことでした。和牛は、ひと口ふた口食べるのがおいしい食べ方ですが、赤身はたくさん食べられるし、脂も少ないからヘルシーで食べ飽きないんです。そのことをバルバッコアで伝え続けてきました。最初の頃は20人のお客様だけの日もあったんですよ。それが、青山店の開店から数年後には1日に400人のお客様に来ていただけるようになった。それが一番うれしかったです」
日本人が、赤身肉を主体的に選択して食べるようになったのはここ十数年のことだろう。文化として根付かせていくことに、カルロスさんをはじめとするバルバッコアブランドが貢献してきたことは、多大にあるといえます。
さらに日本でポピュラーなサーロインだけでなく、ランプやカイノミ、イチボなど日本になじみのなかった部位が食べ比べられるのも、牛肉文化の啓もうにもひと役かっているといえるでしょう。
そしてバルバッコアで食べられるシュラスコのなかには、和牛も含まれています。さらに牛だけでなく豚や鶏、ソーセージなどの加工肉もシュラスコで提供されている。さまざまな選択肢を用意して、ゲスト自身が楽しめることを大切にしているのです。
「ブラジル人がシュラスコを食べるときは、どの部位を食べたいのか決まっているんです」とカルロスさん。自分の好きな肉を目当てにシュラスコを楽しむ一方で、日本のゲストは、肉を勧められたら断れず、何枚も皿にとって肉が山盛りになってしまう。せっかく最適な状態でパサドールが切り分けても、皿の上で冷めてしまうことも多くありました。そのことは、カルロスさんが来日した当初から感じていた課題でもあります。
カルロス 「シュラスコをつくるのは簡単。だけど、おいしいシュラスコを食べてもらうのは難しいんです。バルバッコアでは『お客様には3分以内に食べていただき、冷たい肉をお皿に残さないようにしよう』というのを目標にしています。そのためにパサドールがお客様の好みや食べるスピードを見ながらおすすめしていくことが重要です。まさにパサドールのスタッフの腕の見せ所。まだまだスタッフとともにのばしていける部分だと思いますので、頑張っていきたいです」
オープンして2023年で29周年を迎えるバルバッコアブランドは、カルロスさんを中心にまだまだ進化を目指しています。