2021年7月15日に中目黒駅から徒歩3分の好立地にオープンした「cocon(ココン)」は、モダン・オーストラリア料理を掲げるカウンタースタイルのレストランです。オーナーシェフの栗脇正貢さんは、日本やフランスのレストランで研鑽を積んできましたが「とくに移民の国であるオーストラリアの“受け入れる文化”をcoconでも大切にしたいんです」と、修業先の国の一つであるオーストラリアの文化を取り入れた店づくりをしています。

まるで料理好きの友人の家に招かれたかのようなリラックスできる居心地のよい空間では、オーストラリアの食材はもちろん、フランスや日本といった、今まで栗脇さんが見てきた国の食材が織り込まれたコース料理を楽しむことができます。

外国人にウェルカムといえるのはオーストラリアだけ

栗脇さんがオーストラリアで働いたのは、2015年6月から1年間。シドニーのオペラハウス内にある「Bennelong(ベネロング)」というレストランでした。

Bennelongは、世界中のレストランのなかから選出される「世界のベストレストラン50」で2009年から2013年まで5年連続でランクインしたこともあるシドニーのファインダイニング「Quay(キー)」の姉妹店。Quayのシェフのピーター・ギルモア氏がプロデュースしています。

インバウンド客が多くオーストラリアの食材をふんだんに使ったメニューが人気のレストランで、すでに日本、そしてフランスで仕事をしてきた栗脇さんは、初めから肉料理の部門シェフとして腕を振るいます。オーストラリアの牛肉やラム肉などを焼き続ける日々。そのなかでもっとも驚いたのが、 キッチンで働いているスタッフたちが多国籍であったことでした。

栗脇正貢さん(以下、栗脇) 「スタッフは、イギリスなど英語圏の国が多かったですが、オランダ人もいたし、ベルギーやフランス、フィンランドから来た人のほか、アジアからもインドネシア、韓国、中国、台湾といったいろいろな国や地域の料理人たちと働きました。むしろ、オーストラリア人は少なかったくらいです。同僚の間でも『仕事がほしいって連絡してきた外国人を本気で雇うのはオーストラリア人ぐらいだ』ってよく話していました」

フランスでは「Mirazur(ミラズール)」という南仏マントンのレストランで働いていた栗脇さん。じつはMirazurもシェフのマウロ・コラグレコ氏がアルゼンチン出身ということもあって、キッチンにはフランス国外のスタッフが多かったといいますが、栗脇さんには、より“開かれた空気”のあるオーストラリアという国の方があっていたといいます。

栗脇 「外国人に対してウェルカムな空気感をもつオーストラリアが素晴らしいと思うし、 彼らオージーたちが自分たちのそんな文化を好きでいるというのもいいなと思います」

南仏のレストラン「Mirazur」には、2009年から1年間勤めた。Mirazurは当時一つ星で、栗脇さんが帰国後の2012年に二つ星、2019年に三つ星に昇格した。「星を上げるレストランにある熱気というかエネルギーを感じていたので、残りたいと思っていたのですが縁がなくて」と栗脇さん。
南仏のレストラン「Mirazur」には、2009年から1年間勤めた。Mirazurは当時一つ星で、栗脇さんが帰国後の2012年に二つ星、2019年に三つ星に昇格した。「星を上げるレストランにある熱気というかエネルギーを感じていたので、残りたいと思っていたのですが縁がなくて」と栗脇さん。
シドニーでの恩師であるピーター・ギルモア氏の著書がcoconの店内に飾られている。尊敬する憧れのシェフは、Quayのギルモア氏とMirazurのマウロ・コラグレコ氏だという。
シドニーでの恩師であるピーター・ギルモア氏の著書がcoconの店内に飾られている。尊敬する憧れのシェフは、Quayのギルモア氏とMirazurのマウロ・コラグレコ氏だという。

モダン・オーストラリア料理には懐の広さがある

オーストラリアに渡ったきっかけは「ある意味で偶然だった」と栗脇さんはいいます。

30歳を過ぎ、料理で学べることは一通りやってきたと感じていた栗脇さんは、これから料理人がグローバルに活躍する時代になると感じたこともあり、英語圏で仕事をしながら英語を身につけようと考えます。オーストラリアのほか、北欧やアメリカなどのレストランに、直接働かせてほしいというメールを送ったなかで、待遇面やポジションまで提示してくれたのがピーター・ギルモア氏だったといいます。

そのためどちらかといえば料理よりも語学、料理には“それほど期待せず”にオーストラリアに渡ったといいます。

栗脇 「しかし、行ってみると『思っていたのとは違う』といったら失礼なんですけど、楽しい料理がはじまっていると感じました。僕が行ったのは、2015年でしたけど、すでにヴィーガン料理だけのコースを出すお店があったり、昆虫を使った料理もありました。なおかつ、移民文化なので、中国料理やイタリア料理、インド料理といった各国の料理が、ちゃんとおいしく食べられるのも驚きましたね。もちろん多少はオーストラリアナイズされたうえですよ」

移民の文化をダイレクトに反映した多様なオーストラリアの食文化のなかで「モダン・オーストラリア料理」とはどんな料理なのでしょうか。

栗脇 「モダン・オーストラリア料理は、フランス料理となにが違うと聞かれたら、正直明確な答えが出せないんです(笑)。Bennelongのキッチンでも外国からきた同僚たちと、そのことについて話し合うこともあったんですが、結局答えが出なかった。ソースがないとか、それぐらいのことはいえますけどね。そんななかで僕は、“垣根”や“隔たり”がなにもないというのがモダン・オーストラリア料理なんじゃないかなと。つまり様式や方法ではなく概念や考え方だと思うんです」

たとえば、coconのカウンターもそうだと栗脇さん。カウンターキッチンでは料理している手元を見せないよう段差を設けて死角を作ることが多いところを、キッチンとダイニングの差がないフラットなカウンターにしています。

栗脇 「オーストラリアに僕は、迎えてもらって嬉しかった。そのことをフラットなカウンターで表現している。この店もお客様を迎える場所でありたいんです。オーストラリアにいる人は考え方がフラットだなと感じていたのもあります。そういう考え方を表現するのがモダン・オーストラリア料理なんだと思います」

もちろんフランス料理を10年以上やってきた栗脇さんにとって、オーストラリア料理だけがすべてではありません。店名の「cocon」はフランス語で「繭」の意味で”成長”を予感させる名前にしており、そこには日本語で昔と今を意味する「古今」の音をあてることもできます。

そうしたさまざまな思いを取り込んでもなお、「オーストラリアには、それを許してくれる懐の広さがある」と栗脇さんは感じています。

栗脇 「Bennelongは、料理人だけで40人弱はいました。シフトでまわっていて、店には20名くらいがつねに出勤していました。そのなかで、いわゆるオーストラリア人は4、5人くらいしかいなかった。それ以外は僕も含め外国の人。ヨーロッパの人もアジアの人も、そこではみんなが外国人だから、みんなお互いの境遇がなんとなくわかる。そんな空気感もおもしろかったですね」
栗脇 「Bennelongは、料理人だけで40人弱はいました。シフトでまわっていて、店には20名くらいがつねに出勤していました。そのなかで、いわゆるオーストラリア人は4、5人くらいしかいなかった。それ以外は僕も含め外国の人。ヨーロッパの人もアジアの人も、そこではみんなが外国人だから、みんなお互いの境遇がなんとなくわかる。そんな空気感もおもしろかったですね」
Bennelongでオーストラリア産牛肉を毎日焼いていたと栗脇さん。「客席はいくつかのエリアに分かれていて、全部で130席くらい。回転もするのでひと営業で150食ほど出て、肉料理と魚料理では圧倒的に肉料理の比率の方が高かったので毎日約100皿近い肉料理を出していました。なかでも和牛にルーツをもつF1種をよく使っていました。ほかにも、ラム(子羊)から、豚、鴨と、ひたすら焼いていました」。
Bennelongでオーストラリア産牛肉を毎日焼いていたと栗脇さん。「客席はいくつかのエリアに分かれていて、全部で130席くらい。回転もするのでひと営業で150食ほど出て、肉料理と魚料理では圧倒的に肉料理の比率の方が高かったので毎日約100皿近い肉料理を出していました。なかでも和牛にルーツをもつF1種をよく使っていました。ほかにも、ラム(子羊)から、豚、鴨と、ひたすら焼いていました」
栗脇 「それまで隔離されたキッチンでしか働いてこなかったこともあって、カウンターでお客様のお話を聞きたいという思いが強かったんです。食事ってコミュニケーションの場だと思うんです。料理がおいしいのは大前提、そこに付加価値として、すごしやすい空間だったり、記憶を呼び起こすものだったりがおいしい料理につながって忘れられない時間になる。ですので、絶対にカウンターにしたいなっていうのはありました」
栗脇 「それまで隔離されたキッチンでしか働いてこなかったこともあって、カウンターでお客様のお話を聞きたいという思いが強かったんです。食事ってコミュニケーションの場だと思うんです。料理がおいしいのは大前提、そこに付加価値として、すごしやすい空間だったり、記憶を呼び起こすものだったりがおいしい料理につながって忘れられない時間になる。ですので、絶対にカウンターにしたいなっていうのはありました」

僕自身が作りたい料理をオーストラリア料理は許してくれる

coconにアラカルトはなく、12皿のおまかせコースのみ。そのなかのひと皿で使うのは、たとえばオーストラリア・西オーストラリア州産の西豪黒牛のトウガラシ(肩のなかでも肩甲骨付近)。薄くスライスしてしゃぶしゃぶ風にし、出汁で炊いた麦とともに食べる料理を栗脇さんは「あんかけチャーハンですね(笑)」といたずらっぽく笑いながら説明してくれます。

表面に薄く隠し包丁を入れた西豪黒牛トウガラシのスライスを、温めた軍鶏のコンソメに通してさっと火を入れる。軍鶏のコンソメはくず粉で餡にし、火を入れた肉と麦にトロリとまわしかける。あんかけに加えた、鶏肉と塩で作られた発酵調味料「にくしょう」の醤油のようなうま味と香りが「あんかけ」の風味を見事に演出しています。日本人が懐かしく感じるほっこりと温かい前菜です。

メイン料理は、ショートグレイン(短期穀物肥育)のオーストラリア産牛肉のロースト。穀物肥育によってほどよく脂が入ったサーロインは、やや薄めの塊肉にして表面を炭火で炙って薄くスライスしたイタリア料理の「タリアータ」のような仕立です。

ここに赤ワインと、なんとコーヒーの風味を加えたソースをかけていただく。黒毛和牛に比べて赤身が主体ではありますが、サーロインらしく脂も入っているのがグレインフェッド・ビーフの特徴。アツアツに温めたソースをかけることで、ふわりと牛肉の香りが舞い立ちます。

栗脇 「メイン料理は、ソースがあるのでフランス料理っぽい。一方のしゃぶしゃぶは、あんかけの出汁としてコンソメの技術を使っていますが、どちらかといえば日本の家庭料理とか町中華といった記憶からの発想です。こういう料理をフランス料理店を名乗って作ると『それはフランス料理ではない』と怒られてしまうんですが(笑)。もちろんフランス料理を学んでその考え方やテクニックをベースにしていますけど、僕は、僕自身が作りたい料理を作りたい。それをモダン・オーストラリア料理は、許してくれるんです」

西豪黒牛のしゃぶしゃぶ。1カ月半から2カ月で変るcoconのおまかせコースのある月のひと皿。西豪黒牛は、西オーストラリア州で育ったアンガス牛と日本の和牛にルーツをもつF1種をかけ合わせた品種で、赤身と脂のバランスがよく、日本人でも食べやすい牛肉だと栗脇さん。
西豪黒牛のしゃぶしゃぶ。1カ月半から2カ月で変るcoconのおまかせコースのある月のひと皿。西豪黒牛は、西オーストラリア州で育ったアンガス牛と日本の和牛にルーツをもつF1種をかけ合わせた品種で、赤身と脂のバランスがよく、日本人でも食べやすい牛肉だと栗脇さん。
赤ワインでマリネした、ショートグレインのオーストラリア産牛肉は、炭火で焼いて塩をふってうま味を引き出す。
赤ワインでマリネした、ショートグレインのオーストラリア産牛肉は、炭火で焼いて塩をふってうま味を引き出す。
ショートグレインのオーストラリア産牛肉のロースト。塩釜焼きにしたビーツとそれをさらに乾燥させたビーツの2種類と、縮みほうれん草、赤ワインとコーヒーのソース。coconのおまかせコースのうち、ある月のメイン料理だ。
ショートグレインのオーストラリア産牛肉のロースト。塩釜焼きにしたビーツとそれをさらに乾燥させたビーツの2種類と、縮みほうれん草、赤ワインとコーヒーのソース。coconのおまかせコースのうち、ある月のメイン料理だ。

食べ物に対して早くから意識を向けてきたオーストラリア

日本独自の食文化として和牛をメニューに入れるレストランが日本に多いなかで、あえてオーストラリア産牛肉を使うレストランは、とても珍しい存在といえます。

栗脇 「和牛のおいしい肉はたくさんありますし、すき焼きや焼肉など、サシの入った肉をおいしく食べるための料理もたくさんあります。だけど、僕の料理の流れには、和牛はあまり合ってないと思うんです。それに僕は、オーストラリアっていう国が好きですから、オーストラリアの食材を使いたいという思いもあります」

一方で、スーパーマーケットでも買えるオーストラリア産牛肉は、家庭の食卓を支える食材であるからこそ、「オージー・ビーフは、レストランで食べるにはスペシャルになりにくいのではないか」と栗脇さんは感じています。

栗脇 「別のスペシャルな食材を見つけるという手段もありますが、僕は、どちらかというと『それなら身近なものをスペシャルにすればいいじゃん』って思うタイプ。オージー・ビーフもめっちゃおいしく焼きあげてお出しすれば、お客様も『わ~!』って感激してくださると思うんです。時代によって食の好みも変化していく流れでも、赤身肉にも可能性があると思っているので、なおさら『あ、オージー・ビーフね』っていう先入観があるのはもったいない」

西豪黒牛は、ヨーロッパの牛肉らしい赤身のおいしさと、和牛にルーツをもつ脂のおいしさを併せ持つからこそ、火を入れすぎないことで赤身と脂の両方のうま味と甘味をきちんと感じられる。そこには「焼くと硬い」というオージー・ビーフのイメージはありません。サーロインも、シンプルな焼きだからこそ肉質の良さがでる。「オージー・ビーフにもちゃんとやわらかい品種もあるし、そういう調理をすればおいしくて、日本人が好きな味になることを伝えたい」と栗脇さんはいいます。

さらにオーストラリア産牛肉のなかでもグラスフェッド(牧草飼育)は、ホルモン剤などの投薬をせずに健康的に育てた牛で、アニマルウェルフェア(動物福祉)の観点などからグラスフェッド・ビーフをあえて選ぶ人が日本でも増えてきていると栗脇さんは付け加えます。

栗脇 「食べるものに意識を向けていくことは、じつはオーストラリアは世界に先駆けてやってきています。それを知らないで『オージー・ビーフでしょ』って決めつけるのは、僕はやっぱりイヤだなって思うんです。そんな思いもあって、オーストラリア産の牛肉を使い始めたのが始まりです。ですので、今後もグラスフェッド・ビーフを含めてオーストラリア産牛肉を使っていきたいと思っています」

ワインやオリーブオイルなど、オーストラリアの食材を多く使う。おまかせコースのなかでも、オーストラリア産カンガルーやタスマニアサーモン、ラム肉といった食材に、中東のミックススパイス「デュカ」や、中央アジアの酸味のあるスパイス「スマック」など、移民の国オーストラリアの文化を象徴するように、世界各国の食材が使われている。
ワインやオリーブオイルなど、オーストラリアの食材を多く使う。おまかせコースのなかでも、オーストラリア産カンガルーやタスマニアサーモン、ラム肉といった食材に、中東のミックススパイス「デュカ」や、中央アジアの酸味のあるスパイス「スマック」など、移民の国オーストラリアの文化を象徴するように、世界各国の食材が使われている。
ワインやオリーブオイルなど、オーストラリアの食材を多く使う。おまかせコースのなかでも、オーストラリア産カンガルーやタスマニアサーモン、ラム肉といった食材に、中東のミックススパイス「デュカ」や、中央アジアの酸味のあるスパイス「スマック」など、移民の国オーストラリアの文化を象徴するように、世界各国の食材が使われている。
東京メトロ日比谷線と東急東横線が乗り入れる中目黒駅から歩いて3分。大きな窓ガラスが印象的な空間で、とくにランチタイムは、明るい陽ざしが差し込み居心地がよい。
東京メトロ日比谷線と東急東横線が乗り入れる中目黒駅から歩いて3分。大きな窓ガラスが印象的な空間で、とくにランチタイムは、明るい陽ざしが差し込み居心地がよい。