東京・池袋のランドマーク「サンシャイン60ビル」の麓、どこか懐かしい下町情緒が残るエリアに2020年7月開園した「イケサン・パーク」は、老若男女幅広い年代でにぎわう都市型公園です。この公園に2020年12月、東京・麹町にあった人気店「麹町カフェ」が「EAT GOOD PLACE」と名前を変えて移転してきました。園内に広がる緑鮮やかな芝生を一望できるテラス席が印象的なカフェでは、オーストラリア産のグラスフェッドビーフを使ったハンバーガーが人気です。

「EAT GOOD」は、私たちがずっと考え続けていきたいテーマ

ホームメイドやオーガニックな素材を重視したメニューで2006年にオープンした麹町カフェは、大使館が多い国際的な土地柄もあって、サステナブルやヴィーガンといった食と社会のテーマに早くから向き合ってきました。さらに、天然酵母や国産小麦を使ったベーカリー「Factory」やニューヨークスタイルのチリビーンズ専門店「Chili Parlor 9」(ともに九段下)などのグループ店を都内に次々にオープンさせるなど、都会で手作りの味を届けることに挑戦し続けています。

グループ店を統括するエグゼクティブシェフの松浦亜季さんは、池袋への移転に際し、これまで育ててきた店に共通するコンセプトを新店の名前に付けたといいます。

松浦亜季さん(以下、松浦) 「EAT GOODというテーマは、2012年にオープンしたChili Parlor 9を始める頃から使いだしました。もうかれこれ10年くらい経ちますが、未だに説明が難しい(笑)。直訳すると『良いを食べる』なのですが、食べ物に対して『良い』という意識はどこから生まれるのか、『良い食べ物』っておいしいとは違うのか。さらには、その答えをどうやって見つければいいのか。私たちとしては、そういったことを考えながら仕事をし続けるためのテーマだと思っています」

木のテーブルやグリーンがぬくもりを感じさせるEAT GOOD PLACE。
カジュアルで居心地の良い店には、世代や国境を超えてさまざまな人が思い思いの時間を過ごしている。
木のテーブルやグリーンがぬくもりを感じさせるEAT GOOD PLACE。カジュアルで居心地の良い店には、世代や国境を超えてさまざまな人が思い思いの時間を過ごしている。

N.Y.で出会ったグラスフェッドビーフ

グラスフェッドビーフに出会ったのもChili Parlor 9がオープンする直前の2012年に体験したアメリカ視察でした。

松浦 「ニューヨーク・マンハッタンにある『ブルー・ヒル』というレストランで食事をしました。持続可能な農業や畜産、漁業の実現に対していち早くレストランとして取り組みはじめたダン・バーバーさんがシェフを務める前衛的なレストランです。そのときに食べたメニューに『グラスフェッドビーフ』という言葉があったんです」

グラスフェッドビーフとは、牧草飼育牛肉のこと。牛舎で穀物(トウモロコシや大豆、小麦など)を与えて育てることで和牛のサシのように脂肪が多く入ったグレインフェッドビーフとは異なり、牧草が育つ自然環境のなかで放牧飼育された脂肪が少なく赤身が多い牛肉です。

松浦 「ニューヨークのいくつかのレストランをまわっていると、私たちが良いなと感じたレストランの多くはグラスフェッドビーフを使っていることに気が付きました。その後日本に帰ってから『私たちも買えるのかな?』と、肉屋さんに聞いて教えてもらったのがオーストラリアのグラスフェッドビーフでした」

当時の日本のレストランでは、広く知られている育て方ではなかったものの、肉屋から放牧や牧草飼育だけでなく、ホルモン剤や抗生物質を使わない育て方をした牛肉があることも聞き、ニューヨークの先進的なレストランが好んで使う理由がわかったといいます。

そんな経験から松浦さんたちは、新店舗のChili Parlor 9のビーフチリビーンズはオーストラリア産のグラスフェッドビーフを使用することにします。さらに既存の麹町カフェでもグラスフェッドビーフの使用を開始。現在、EAT GOOD PLACEで食べられるハンバーガーはこの時に生まれ変わったメニューで、以来変わらずオーストラリア産のグラスフェッドビーフを使い続けています。

2012年、ニューヨークを訪れた際にまわったレストランのショップカード。グラスフェッドビーフの存在を知るきっかけになった「ブルー・ヒル(Blue Hill)」のカードも見える。
2012年、ニューヨークを訪れた際にまわったレストランのショップカード。グラスフェッドビーフの存在を知るきっかけになった「ブルー・ヒル(Blue Hill)」のカードも見える。
「オーストラリア産 グラスフェッドビーフのハンバーガー ローストポテトと自家製のピクルス」(1,500円、税込)。サラダやポテトもしっかりついて、プレート料理としても完成している。
「オーストラリア産 グラスフェッドビーフのハンバーガー ローストポテトと自家製のピクルス」(1,500円、税込)。サラダやポテトもしっかりついて、プレート料理としても完成している。

オーストラリアでは牛がのんびりと暮らしていた

オーストラリアのニューサウスウェールズ州にある世界的なサーフスポットであるバイロン・ベイに松浦さんの友人が住んでいることもあって、これまで数回オーストラリアにヴァカンスで訪れたことがあるそうです。

松浦 「地平線の向こうまで一面に牧草が育つなかにポツン、ポツンと牛がいて。なかには木陰で休んでいたり、のんびりと暮らす牛の姿をみて『なんて幸せそうな牛なんだろう!』って、思いました」

もちろん、放牧牛だけが畜産の課題を解決するわけでもなく「さまざまなことに目を向ける必要がある」と松浦さんは付け加えます。たとえば、フードロス(食品廃棄)の問題を詳しく見ていくと、後進国では食品製造の過程、先進国では過剰製造による廃棄がその要因にあげられています。

松浦 「つまり先進国は、作ったものをただ捨てているという現実があるんです。それをまず知ってもらいたいですね。私たちは、『たくさん』とか『安い』ことが、すべて良いことだとは思っていません。それに大量消費が生む価値観は、私たちにとっての食材、つまり生き物に対する価値観に関わってくると思ってもいます」

麹町カフェで作っていたハンバーガーを、EAT GOOD PLACEでも作り続けているのは、大量消費の象徴であるハンバーガーを丁寧に作ることで、食べた人に気づいてもらえることがあると信じているからだけでなく、飲食で働く人たちが環境問題に関わっていく方法にもなるのではないかと、松浦さんたちは考えています。

松浦 「私たちも持続可能性や環境問題に関心を持っています。CO2の削減は、これから絶対にやっていかなくてはいけないことですし、畜産、とくに牛が活動するなかで生まれるメタンガスについての課題意識は、多くの飲食店の人ももっていると思います。だからといって、『牛肉を食べないことが良いのだ』とまわりに説明をしても、受け入れられないと思うんです。それよりも『環境負荷に配慮した牛肉もありますよ』と話しをしていくほうが伝わるのではないかと思っています」

2004年に夫の清一郎さん(写真右)と麹町に開いたカフェから16年、今ではEAT GOOD PLACEのほか、Factory、Chili Parlor 9といった系列店を運営するようになった。現在は「epi etriz(エピエリ)」という会社を設立しグループを運営している。
2004年に夫の清一郎さん(写真右)と麹町に開いたカフェから16年、今ではEAT GOOD PLACEのほか、Factory、Chili Parlor 9といった系列店を運営するようになった。現在は「epi etriz(エピエリ)」という会社を設立しグループを運営している。
さまざまな意見や立場を理解することも必要で、何かと比較して善悪をつけないようにしていると松浦さん。「あくまで『私たちはこれが良いと思っているんです』ということを大事に。それに、お客様が興味を持たれるのは、生き物が大切にされていたとか、料理する前の食材のストーリーなのかな、とは思っています」。
さまざまな意見や立場を理解することも必要で、何かと比較して善悪をつけないようにしていると松浦さん。「あくまで『私たちはこれが良いと思っているんです』ということを大事に。それに、お客様が興味を持たれるのは、生き物が大切にされていたとか、料理する前の食材のストーリーなのかな、とは思っています」。

EAT GOOD PLACEの裏に作った小さな農園

EAT GOOD PLACEの裏、イケサン・パークの敷地内にコミュニティガーデンという名の小さな畑があります。店で出るコーヒーのかすや野菜の皮といった生ごみの一部を、コンポストを使って堆肥にして畑に使う、キッチンと畑の資源を循環させる取り組みで「ずっと憧れていたことでした」と松浦さんは言います。

松浦 「コンポストが東京都内で出来てたらすごく良いなぁと思っていたんです。野菜やハーブが育ってきているので、料理できるのが今から楽しみです。料理業界に入って20年がたって、もちろん料理はなにかしらの形で提供したいですが、私たちとしてやりたいのは、食をつうじて『EAT GOOD』のサイクルを作ることだと思っています」

その実現の先には、もしかしたら「レストラン」という枠組みはなくなっているかもしれないと、松浦さんはEAT GOOD PLACEの未来像を最後に語ってくれました。

松浦 「今は、お客様は、お料理だったりサービスだったりの対価としてお支払いをしてくださいますが、お客様が一緒に参加できるとか、私たちもお金だけではなくて、たとえば作業を一緒にしてもらえるようなことで成り立つようなことができたらいいなと思っています」

フードロスやサステナブルといった食の課題に関心が集まるなか、「何を食べるか」は未来の私たちに直接繋がることです。しかし、課題解決のために選択を迫ることは、ときに分断を起こしてしまうこともあります。

「何かを否定したり比べたりするのではなく、選択肢を増やす姿勢を大事にしていきたい」と、松浦さんはいいます。選択を迫るのではなく、増やしていく。問題はいくつもの要因が絡まりあっているように、いくつかの取り組みが重なりあうことで問題は解決に向かっていきます。そのためには、世界の人々ができることで協力して解決していくこと。松浦さんたちが思い描く「EAT GOOD」な未来像もそうした解決の1つの選択肢になっていくはずです。

イケサン・パークが完成する2年前には出店が決まり準備をしていた。そのなかで、「なにか公園にリクエストがありますか?」という問いかけに松浦さんは「コンポストがやりたいです!」と答えたことで実現した。
イケサン・パークが完成する2年前には出店が決まり準備をしていた。そのなかで、「なにか公園にリクエストがありますか?」という問いかけに松浦さんは「コンポストがやりたいです!」と答えたことで実現した。
イケサン・パークが完成する2年前には出店が決まり準備をしていた。そのなかで、「なにか公園にリクエストがありますか?」という問いかけに松浦さんは「コンポストがやりたいです!」と答えたことで実現した。
コペンハーゲンやドイツを拠点に活動する現代アーティスト、オラファー・エリアソンさんの本をめくりながら。「エリアソンさんのアトリエのキッチンには、60人くらいのスタッフがいて料理を作っているそうです。食がアートの一端を担っていることに、食の可能性がまだあることを感じます」。松浦さんは、キッチンや空間づくりなど、参考にしているという。
コペンハーゲンやドイツを拠点に活動する現代アーティスト、オラファー・エリアソンさんの本をめくりながら。「エリアソンさんのアトリエのキッチンには、60人くらいのスタッフがいて料理を作っているそうです。食がアートの一端を担っていることに、食の可能性がまだあることを感じます」。松浦さんは、キッチンや空間づくりなど、参考にしているという。
さらに契約農家からの産直や夫の清一郎さんが自ら神奈川県の三崎半島で買ってきた野菜を使う。
パテは、グラスフェッドビーフのオージー・ビーフにオニオンと塩、コショウ、ナツメグだけでつなぎは使わずに作る。これは、グラスフェッドビーフを使い始めた麹町カフェ時代から変わらないレシピだそう。
バンズは、グループ店の「Factory」から。もちろんマヨネーズも自家製だ。
パテは、グラスフェッドビーフのオージー・ビーフにオニオンと塩、コショウ、ナツメグだけでつなぎは使わずに作る。これは、グラスフェッドビーフを使い始めた麹町カフェ時代から変わらないレシピだそう。さらに契約農家からの産直や夫の清一郎さんが自ら神奈川県の三崎半島で買ってきた野菜を使う。バンズは、グループ店の「Factory」から。もちろんマヨネーズも自家製だ。