千葉県一宮町は、2021年開催された東京オリンピックで、史上初めてサーフィン競技が開催された釣ヶ崎海岸があるなど、国内でも知られるサーフィンの盛んな町です。都市部で働くサーファーたちの別荘があるだけでなく、ライフスタイルそのものを変えて移住する人たちも多いこの町に、選びぬかれた生産者の牛や豚、ラム(仔羊)などナチュラルな肉を使ったグリルレストラン「GMC Grill」はあります。
スペシャリテは、オーストラリア・タスマニア産のグラスフェッドビーフ(放牧飼育牛)のリブアイロールの炭火焼き。放牧牛とサーフィン、意外に感じる組み合わせですが、豊かな自然と生活が密着した町だからこそ生まれた、海の町に似合うグリルレストランです。
サーフィン好きだったシェフが
オージー・ビーフに出会って移住を決意
16時過ぎ、ログハウス調のGMC Grillの店内から、4人のスタッフが出てきました。店のテラスで着替えてからサーフボードをもって海岸へ。沖に出てサーフィンを楽しんでいます。
「昼の営業を終えて賄を食べたら、休憩時間を利用してみんなで海に出かけます。1時間くらいサーフィンを楽しんでから、18時からの夜営業に戻るんです」と、濡れた髪を気持ちよさそうにかきあげながら、GMC Grillのシェフ、根本俊樹さんはいいます。
六本木のグランドハイアット東京のバンケット(宴会)部門の副料理長やフレンチレストランでシェフを務めたのち東京から移住をし、2022年3月、28歳でシェフとしてGMC Grillをオープンさせました。
一宮町での出店のきっかけは、もちろんサーフィン。町内にサーフィンハウスを借り、休みを利用して訪れていた根本さんは、オーナーで系列店の「肉屋GMC」を町内で営む内田剛さんと出会い移住・出店を決意しました。
根本俊樹さん(以下、根本)「高校生の頃にサーフィンを始めて、仕事に就いてからも趣味で湘南などに出かけて続けていたんです。一宮にも休みの度に来るようになり、泊まりできたりするとBBQをやるので、おいしいお肉を探していました。たまたまSNSを通じてオーナーのうっちー(内田)さんがやっている肉屋GMCを知ったんです。扱っていたオーストラリア産のグラスフェッドビーフがおいしかったのと、うっちーさんの熱っぽいキャラクターにも惹かれて、週に3回ぐらい塊肉を買いに行くほど常連になりました」
移住など考えていなかったという根本さんでしたが、そろそろシェフとして自分の店を持ちたいと願望も芽生え始めた時期だったこともあり一宮町に移住してGMC Grillをオープンすることを決意したのです。
それまでのホテルやレストランでは、オーストラリア産の牛肉を使うこともありましたが、圧倒的に和牛が多かったと根本さん。しかし、内田さんが扱う赤身が主体の肉を焼いて食べるようになってから、ステーキにするならオーストラリア産がおいしいく一宮町の風土にも合っていると思うようになったといいます。
根本 「和牛はすばらしい牛肉ですが、その高級さからステータスとして楽しんでいる部分もあるように思うんです。高級レストランに行って、高級食材を食べる。一宮では、そういったことよりもナチュラルでおいしいものを求めている人の方が多い。うっちーさんのお肉は、もちろん東京で食べてもおいしいですけど、この街で焼いて食べた方がよりおいしく感じます。この街の雰囲気にあっていると思います」
一宮町の移住者たちは、食に対して感度が高い
オーナーの内田さんは、鹿児島県の「かごしま黒豚」の生産者との繋がりがきっかけで15年間、地元の東京・浅草の一等地で5階建のビルがいつも賑わう人気店「トンテキ元気」を運営していました。店が入るビルに宴会場やホテルも作り、さらに賑わっていたところに新型コロナウィルスの世界的パンデミックに直面します。コロナ禍で客足が遠のくと早期に決断し、サーフィンで通っていた一宮に移住、肉屋GMCを始めました。
GMCグループで扱う肉は、タスマニア産のグラスフェッドビーフ「ケープグリム」と、クイーンズランド州の「ジョン・ディー・ゴールド」と呼ばれる、放牧飼育後、160日間の長期にわたって穀物飼育をおこなったロンググレインのほか、浅草時代から取り扱うかごしま黒豚や、北海道・オホーツクの羊やジビエなどです。
内田剛さん(以下、内田)「浅草のときは30人から40人の従業員がいたんですが、みんなでワイワイ食べたり飲んだりが好きで始めた飲食が、お店が大きくなるにつれて管理だ経営だ、したくもない付き合いだ、と自分のなかでズレてきちゃったんです。それもしょうがないことですが、コロナ禍をきっかけに、また最初から自分一人でお店を作りたいと思いました。いろいろ考えたなかで肉屋をOPEN、肉を売るというより、肉を知り生産者の想いと触れるというところから始めようと思ったんです」
親友のサーファーが一宮町でサーフショップを開いていたこともあり、2020年に移住、一宮町で肉屋を1年半やった後、そこで出会った根本さんとともにGMC Grillをオープンさせたのが2022年3月のことです。
内田 「一宮は波が良くて、東京から車で1時間半も走れば着くのでアクセスもいい 。初めは通勤を考えて家を建てたんですが、結局移住することにしました。住んでみると自然が豊かなのはもちろんですが、東京からの移住者だったり、別荘地があったりと、新しいカルチャーに対するアンテナが高い人が多く在住していることを知りました。そういう方は、牧草牛やオーガニックミートを求めていますし、塊肉で焼いたお肉のおいしさも知っているんですよね。お肉の厚さを指定してお買い上げいただくこともありますよ」
グラスフェッドビーフは、サーファーの自分たちにもしっくりくる
根本さんも内田さんも一宮町に移住してきたことで、自然との関わりや食材について再認識することも多くありました。なかでも内田さんは、波が立ちづらくなっていることや、水位が上がってビーチがなくなってきていることなど、環境の変化を感じるようになったといいます。そしてひと口に「自然」といっても、どんな状態が自然なのか、「循環」とはどういう状態なのかを考えるようになりました。
内田 「何十年後かには、サーフィンができなくなるという人もいて、もし本当になってしまったら悲しいことですよね。サーフィンって自然に合わせるスポーツなんです。だから自然に対してフラットな状態でいられるというか。僕も東京で暮らしていたときは、人間社会の基準だけで物事を見ていましたが、一宮にきてまた違う目線で見られるようになると、そっちの方がしっくりくる。自然中心で物事を見たほうが自然だっていう(笑)。食材についても感じ方がかわってきて、『おいしさ』っていうものに対して、より自然で健康的なことが加わってきたように感じます。その点で、大自然の中、健康的に育てられているグラスフェッドビーフは、サーファーである自分たちにもしっくりきています」
根本さんも、内田さんと店を始めてから、自分たちが誇りをもって出せる料理を出すことの大切さに改めて気づかされました。「一品ひと品、本当においしいものを提供する」という当たり前のことが、日々せわしなく流れていく東京のキッチンでは忘れてしまうこともあったそうです。料理が好きで、サーフィンが好き。同じ趣味をもつ仲間が、同じ想いをもって店づくりをしていけるのは、一宮町だからこそできたことでもあります。
根本 「この間も、新しくアルバイトが入ってきたので、休日に店のみんなでバーベキューをしたんです。その時に肉を焼いて食べながら、『オーストラリアのタスマニア州にある世界一空気がきれいなグリム岬で、グラスフェッドのなかでも品質のよい牧草で育てたパスチャーフェッドという牛肉で』というようにウチで取り扱っているお肉の説明や提供方法なども含めて話して、意識の共有はちゃんとするようにしています。それがなかったら、都内で大量にものを作って、大量に料理が余ってしまうことに違和感をおぼえずに働いているのと一緒だと思うし、それがサーフィンの町、一宮でレストランをする意味だと思います」
自然のなかで料理をすることで本来の料理人の姿を再認識した
一宮町に来て根本さんは、大好きなサーフィンを楽しんでいるとともに楽しく料理ができていることがうれしいといいます。
根本 「もともと料理が好きで料理人になったので、やりたくてやっているのは変わりません。これまではフレンチをやってきたことからみると、アメリカンダイナーのようなレストランは、ずいぶん変わったように見えるかもしれませんが、それはただその国のカルチャーの話なだけであって、食べて欲しいものを作るってこと自体は変わりないんです。それぞれのスタイルを尊重したほうがいい。もともと、いろいろな料理に興味があったんで、ジャンルにとらわれない今のほうが心地いいんです」
今後は、肉の産地だけでなく、部位を含めて種類を増やしていきたいといいます。また、最近は地元の農家との付き合いも生まれて、農薬・化学肥料を使わずに野菜を育てている「ミヤモトファーム」から採れたての野菜も使うようになりました。
根本 「タスマニア産のサーモンを使った料理なんかも考えたりしています。ただ、できたばかりの店でお肉のグリルがメインですから、まずはそれを充実させたいのでまだ先になると思うのです。地方のレストランには、安定して入ってくるかどうかわからないところもあってその点は大変そうですが、いつかはやってみたいと思っています」
根本さんにとって、休日の非日常を味わうための楽しみだったサーフィンが、オーストラリア産のグラスフェッドビーフに出会い移住・開業したことをきっかけに、仕事と趣味のサーフィンが一つになったワーク・ライフ・バランスのとれた生活を存分に楽しんでいるといいます。
根本 「本当に美味しいものを求めて人と人が繋がっていくなかで、それぞれの立場にある想いをお互いがしっかり汲んでいくことが大事だと思うようになりました。自分たちは、食材を扱って調理して、食べていただくという最後のところにいるわけですが、それで終わりではなくて、循環させていくために自分たちができることってなんだろうと考えた時に、生産者さんと向き合うことや食材一つひとつに向き合うことを大事にするしかないと思ったんです。当たり前のことなのですが、東京にいると忘れていた部分があったので、そこを一宮にきて、うっちーさんと出会って初心を思い出させてもらえた。それこそが一宮にきたからこそ得られた大きな経験だったと思います」