コロナ禍でふえた“おうち時間”で、料理する楽しさに目覚めたという人も多いのではないでしょうか? プロの料理人や料理家のレシピが、テレビや雑誌のほか、SNSやYouTubeなどで紹介され、家庭でもちょっと凝った料理を作って楽しむこともできるようになりました。今では、お気に入りの料理家のSNSやYouTubeチャンネルがあるという人もきっと多いはずです。
大変な日々ではありましたが、家族やパートナーといっしょに食卓を囲む大切さを改めて実感する機会になったともいえるでしょう。
料理家の今井真実さんがコロナ禍でメディアプラットフォーム「note」に家庭向けのレシピ投稿をひんぱんにするようになったのは2020年3月のこと。それから2年後の2022年春には、レシピ本を立て続けに2冊を上梓するなど、あっという間に人気料理家として知られるようになりました。
レシピを通じて、1食1食を楽しんで食事をしてもらいたいという今井さんのレシピにオージー・ビーフは欠かせないといいます。
コロナ禍で「料理がつらい」という声を聞きレシピ公開を決意
料理家としてレシピ制作や料理教室などで活動してきた今井さんが、SNSなどを使ってインターネット上にレシピを公開するようになったのは、2020年3月。コロナ禍がきっかけでした。外出自粛で家庭での食事機会が増えたなかで、「3食の食事を用意するのがつらい」という家事をする人の声を耳にしたのです。
今井真実さん(以下、今井)「『つらい』というのは、料理教室の生徒さんからお聞きしたんです。開催していた料理教室もコロナ禍で中止になっていて、いつ再開できるかもわからない。私自身は、ステイホームになったといっても夫がいて、子どもたちがいて、ゆっくり料理もできるからいいか、なんて呑気に考えていたら、つらいといって苦しんでいる人がいらっしゃる。この状況で何ができるのかと思ったときに、レシピを公開してみようと思ったんです」
これまで今井さんは、料理教室の生徒たちのことを考え、インターネット上にレシピを公開することを避けてきたといいます。しかし、思い切って生徒たちにレシピを公開したいという思いを伝えると「私たちも知りたいから、ぜひお願いします」と応援してくれたといいます。
こうして今井さんは、メディアプラットフォーム「note」に定期的にレシピの投稿をはじめます。すると初めてレシピを投稿した「オーブンまかせ!燻さないベーコン」と、そのベーコンを使った「30年間作り続けてやっと辿り着いた最後のカルボナーラレシピ」が大きな反響を生みます。それ以降、出す度にレシピは多くの人にシェアされ、今井さんのレシピを楽しみにする人たちがあっという間に増えていったのです。
今井 「私のレシピは、少し常識はずれなところがあるんです(笑)。たとえばベーコンのレシピは、燻製にするというよりはローストポークに近かったり、カルボナーラは、パスタをフライパンではなくボウルのなかで卵とチーズのソースに絡めたり。それは、『こうしなきゃいけない』ということではなく、無理なく作れることを大事にしているから。仕事が忙しかったり、育児に大変だったりと、食事を作るのも大変だという人に役立つレシピになればいいなと思っています」
外食好きの家庭で育ちイタリアンシェフのレシピ本が愛読書
今井さんのレシピを作っていると、食材の良さを主役にしようという思いが伝わってくることがあります。たとえば「水、バター、塩だけの新玉葱のスープ」は、新タマネギを炒めず、水と塩、バターだけで蒸し煮にして甘味を引き出してからスープは、食材を活かそうとする今井さんらしい食材への姿勢が見えるレシピです。
レシピを読んでいくと、今井さんがバターの量を5gにすることを強調していることに気付かされます。これは、写真と分量の齟齬を読者が間違えないように注意喚起していることもあるのですが、じっさいにその通り5gにして完成させたスープを飲むと、そこまで今井さんが注意を促す理由がわかってきます。
というのもバターの量が5gよりも多いと、バターの味が強くなりスープがリッチになりすぎてしまいます。タマネギの滋味深い味わいを主役にしたスープであるためには、バターの量は5gでなければならないのです。
前述の燻さないベーコンも、茶葉で香りづけをしますが、豚肉の味がダイレクトに伝わるレシピなので、良い豚肉であればあるほどおいしくなるレシピといえます。調味料を使いすぎず、食材の味を隠さず伝える。そんな「食材の良さや個性を伝えたい」という姿勢は、料理人の考え方に近いようにも感じます。その料理に対する姿勢は、いったいどこで養われたものなのでしょうか。
取材で聞いた幼い頃のエピソードに、そのヒントがありました。
食べることが好きな両親のもと、神戸市に生まれた今井さんは、幼いころから神戸のレストランで食事をする機会が多かったといいます。両親が家に招く友人も料理人が多く、外食との接点が多い家庭だったそうです。
共働きだった家庭環境もあり、幼いころから料理の手伝いをしながら、食への関心を広めていったという今井さん。小学校低学年の頃には、料理を一人で作るようにもなりました。中学、高校でも料理好きは変わらず、とくにイタリア料理が好きで、東京・西麻布の「アルポルト」の片岡護シェフのレシピ本を見てはパスタを作っていたといいます。
今井 「片岡シェフのレシピ本は、ハンドブックのような体裁で、イラストがメイン。写真がないので、出来あがっておいしく食べても『これが正解なのかわからない』と思っていました。幸い、外食が好きな両親だったので、イタリア料理を食べに行く時は、作った料理の“答え合わせ”のつもりで食べていました」
こうしたシェフの料理に触れる機会が幼い頃から多かったことが、調味料をあまり使わず、食材の良さや個性を大事にしようとする今井さんのレシピの背景にあるのではないでしょうか。
真逆の発想の今井さん流ローストビーフはオージー・ビーフが最適
今井さんの人気レシピの一つに「たとえ片手間でも作れるローストビーフ」があります。フライパンでの火入れやオーブンを出し入れといった難しい作業はなく、牛肉を100℃のオーブンに70分間入れっぱなしにして、後からマリネ液に漬ける、通常の作り方とは真逆の方法で作っていきます。
最後にフライパンでまわりを焼いて切り分け、漬け汁をかけて完成。生肉ではなく、加熱した肉を漬けているので漬け汁をソースとして使うこともできます。「失敗知らず」「めんどくさい作業もなくて、洗い物も少ない」といったコメントとともに瞬く間にSNSを中心に広がっていったレシピのひとつです。そしてこれはオージー・ビーフを使ったレシピでもあります。
今井 「私自身、関東に比べて牛肉を食べる文化が強くある関西の生まれなので、牛肉が大好きなんです。なかでもローストビーフはごちそうメニューとして大好きで、子どもの頃からずっと作り続けていました。でも、ローストビーフって、火が通りすぎると硬くなったりして、毎回同じように作るのが難しいんです。ですが、私が考えたレシピは、基本ほったらかしなのに、失敗しそうなポイントもない。みなさんが同じように作ってもらえるのではないかと思ったんです」
今回取材で作った「オージー・ビーフのカツ」も、今井さん流の「ごちそうメニュー」の一つです。作り方は、オージー・ビーフのモモ肉にパン粉をつけて揚げるだけ。ポイントは、3cmから4cmほどの厚さのあるモモ肉を選ぶこと。「この厚さが子どもたちにも好評なんです」と今井さん。トンカツソースはもちろん、辛子醤油などで食べるのがおすすめだといいます。
今井 「レシピで気を付けていることは、アレンジができたり、作った人のアイディアで変えていけるような余白を残すことです。オージー・ビーフにしてもローストビーフにしたり、ビーフカツにしたり調理法を変えることはもちろん、たとえばこのビーフカツなら付け合わせは、トンカツのようにキャベツの千切りである必要もないんです。葉野菜やハーブのサラダだったり、ミニトマトだけにしたりとアレンジできます。別のレシピで作った料理を盛り付けてもいいですよね。一つの料理を覚えると前後に覚えたことと繋がって、作る人のクリエーションが広がっていくようなレシピを作っていきたいと思っています」
オージー・ビーフと和牛は別の食材として考えると使い分けやすい
今井さんの中学生の長女が夏休みの自由研究の課題でファーストフード店のサステナブルな取り組みを取り上げました。その際、畜産が与える環境への影響について家族で学ぶ機会もあり、オーストラリアの環境に配慮した畜産などを知ってサステナブルで安全性の高い食材であることを知ったといいます。
今井 「そういえば、最寄り駅にあるスーパーの『Odakyu OX』にはオーガニックビーフという名前でプレミアムな牛肉も販売されています。一般家庭にオーガニックな食材が浸透していくのにはまだ時間がかかるとは思いますが、少しずつ変わっていきそうです。今のところオージー・ビーフは、日常的に食べるご褒美だったり、テンションを上げられるような料理に使う食材だと思います。たとえば週の真ん中の水曜にでも、パパっと作って食べられるごちそう料理があったらいいですよね。そういう時に、手に入りやすいし、お財布にもやさしいオージー・ビーフのレシピはピッタリなんです」
また、オージー・ビーフとサシが入った和牛は、用途が違うと思って欲しいと今井さん。和牛は、すき焼きやしゃぶしゃぶのように少しだけ食べたり、薄切りにして焼くような焼肉にぴったりな肉質ですが、ステーキや塊で焼くならオージー・ビーフのように赤身主体の肉質の方が適しています。それは、マグロの大トロをひと口食べたいのか、さっぱりと赤身を食べたいかどうかの違いに似ているといいます。
今井 「ビーフカツは、和牛のモモ肉でもできますが、脂が多いのでなかなかたくさんは食べられませんが、オージー・ビーフは赤身主体で脂が少ないので、パクパク食べられるんです」
一方で、今行きたいレストランの一つが、本連載でも紹介した千葉県一宮町の「GMC Grill」で、オーストラリア・タスマニア産のブランド「ケープグリム」のグラスフェッド・ビーフのステーキを食べにいきたいそう。外食好きは、子どものころから変わらないといいます。
「家庭向けで扱いやすい牛肉なのに、一方ではレストランで使われる高級な牛肉もある。オージー・ビーフは、私のような食いしん坊にとって、とっても魅力的な牛肉なんです」と今井さんは、目を輝かせて話してくれました。