東京・西新宿、東京都庁などの高層ビル群が建ち並ぶ副都心エリアに、2023年1月にオープンした新店「オセマニア」は、オーストラリアを含むオセアニア地域の食をテーマにしたハンバーガーショップです。
脂の少ないオーストラリア産短角牛(ショートホーン種)のモモ肉を使ったパティの味わいをストレートに感じさせるハンバーガーは、近年のグルメバーガーとは一線を画す「真に肉が主役のハンバーガー」といえる逸品です。
レモンの香りがするオーストラリア産のハーブ「レモンマートル」や、タスマニア産ペッパーなど、オーストラリア産の食材もつかった日本で初めてのオセアニアスタイルのハンバーガーショップをいち早く取材しました。
余計な食材をはどんどん削って完成した肉特化のハンバーガー
大きな窓から差し込む光が、木目調を活かしたシックな店内を明るく照らしています。テーブルの間隔はゆったりしており、サードウェーブのコーヒーショップのような静かで落ち着いた雰囲気が“ハンバーガショップらしくない”のがオセマニアの魅力の一つです。
ハンバーガーは、オーストラリア産ビーフとニュージーランド産ラム(仔羊)、オーストラリア産カンガルー(ルーミート)の3種類のパティから選べます。さらにオーストラリア産ビーフのプレミアムラインに「オーストラリア産短角牛」があり、それぞれにベーコンやチーズ、玉子焼きをトッピングできるなど、好みに合わせてカスタマイズできるのも魅力です。
「パティは、タマネギや卵などのつなぎを食わないお肉100%です。肉肉しさを前面に出してビルド(組み立て)した自信作です」というのは、オセマニアのハンバーガーを開発した岡村貴久さんです。
「肉肉しさを前面に」という岡村さんの言葉は、食べてみるとよくわかります。店のシグニチャーデイッシュである「ビーフ ベーコン バーガー 短角牛」は、バンズに挟んであるパティのほか、タマネギと自家製のマヨネーズを和えたディップに、葉物野菜のエンダイブとソースだけ。トマトやレタスといった、日本のハンバーガーの定番食材がないシンプルな構成です。
岡村貴久さん(以下、岡村)「試作の段階では、トマトも入れていましたが、水分が多い食材なので肉の味をぼやかしてしまうんです。肉が前面にでるようなハンバーガーにしたかったので、余計だと感じるものはどんどん削って今のシンプルな構成に辿りつきました」
パティや数種類の野菜、ピクルス、ソースにディップといった食材豊富な“海鮮丼”のようなグルメバーガーも食べ進める楽しさがありますが、オセマニアの肉のおいしさを味わうためにすべての仕事を集約させていく“江戸前鮨”のようなハンバーガーには、また違ったおいしさがあることに気づかされます。
レストランだからこそ素材の個性が伝わるハンバーガーを目指した
オーストラリア産ビーフのなかでもオセマニアで扱っているオーストラリア産短角牛は、ショートグレイン(短期穀物肥育)の牛肉で、イギリスやスコットランドをルーツに持つショートホーン種と呼ばれる品種でもあります。岩手県や青森県などで育てられている日本短角種は、明治時代にこのショートホーン種と在来の南部牛を交配して生まれたものでもあります。
肉の特徴は、黒毛和種のような脂(サシ)が少なく、赤身が主体です。牧草飼育を基本にしながら、最後の100日間は大麦や小麦などの穀物を与えるため、グラスフェッド(牧草飼育)ビーフの力強さにコクや深みが加わった肉質です。
オセマニアの短角牛のハンバーガーから感じられるショートグレインらしい風味とワシワシと噛んで味わえる赤身のうま味――。ハンバーガーはあくまで食材の個性を伝える手段であろうとする姿勢は、レストランの一皿のようでもあります。
それもそのはず。オセマニアは、2000年に東京・渋谷にオーストラリア料理のレストランを創業し、銀座にニュージーランド料理の姉妹店をもつ「アロッサ」が運営するハンバーガーショップなのです。
岡村 「多くの外食店のみなさんと同じなのですが、コロナ禍が大きかったです。アロッサもお客様と接する機会が大きく減ったなかで、どうしたらオーストラリアなどオセアニアのお肉を届けられるか考えました。そのなかで、お肉の良さをシンプルに伝えられるだけでなく、世代を超えてお客様に寄り添えるハンバーガーがいいのではということになったんです」
オーストラリア料理を出すアロッサの渋谷店では、牧草やグレイン(穀物)といった飼料や育て方による違いや、部位ごとの個性を感じられるように食べ比べメニューを用意するなど、黒毛和種主体の日本の食文化のなかでもオーストラリア産ビーフの魅力を知ってもらう取り組みを続けてきました。
オセマニアの出店は、そうしたアロッサとしての長年の取り組みの延長線上にあるといえるのです。
オセマニアのハンバーガーにぴったりあったオーストラリア産短角牛
オセマニアのハンバーガーの開発は、岡村さんを中心に2年かけて行われました。なかでも最後に決まったのがパティ。オーストラリア産ビーフをいくつか試した末に、オーストラリア産短角牛に辿りついたといいます。
岡村 「ハンバーガーのビルドがむずかしかったです。素材や重ねる順番を変えたりして、1日に3つや4つも食べていました。食材豊富ですべての栄養がとれるバランスがよいハンバーガーもおいしいですが、オセマニアではハンバーガー好きに刺さる肉肉しいものにしたいというのは、当初からありましたので、パティに使うビーフはもちろん、ひき肉のサイズもいくつも試しました」
グラスフェッドやショートグレイン、ロンググレイン(長期穀物肥育)といった飼料の違いのほか、ひき肉の大きさを5mmや3mm、または、5mmと3mmをブレンドしたりしながら、試行錯誤を繰り返します。そのなかで、オセマニアが目指すビーフバーガーに最適なパティを作るには、短角牛のウチモモ肉、8mm大のひき肉であることに辿りついたのです。
岡村 「オーストラリアの穀物肥育の牛は大麦や小麦などの麦系が主体です。コーンなどを主体にして育てているアメリカ産ビーフなどとは、やはり風味や脂の質感が違うと思っています。好みもあると思いますが、僕個人としては、オーストラリア産の方がさらりと身体に入っていくような感覚があります。うま味があるけどさっぱりしていて食べ飽きないのに、物足りなさもない。そういうところが好きです。とくに短角牛は、牧草飼育をメインにしながら、最後に穀物肥育をすることで、栄養価もあってうま味もある、良いとこどりの牛肉だと思います」
また、ハンバーガーは子どもも食べられるからこそ安心・安全な食材をさらに強く意識していきたいと岡村さんはいいます。オーストラリア産短角牛は、世界の牛肉産地国と比較してもきわめて厳格なオーストラリアの品質格付けMSA(Meat Standard Australia)の認証を受けており、成長ホルモン剤は不使用。「食べて健康になってもらうのがいちばんいい。もちろんおいしさが大事で、考え方を押し売りするつもりはないですが、自分たちの矜持として大切にしたい部分です」と岡村さんはいいます。
オーストラリアを中心にオセアニアを発信できる場所でありたい
オセマニアのハンバーガーの開発のほか、アロッサグループのエリアマネージャーと統括料理長を兼任する岡村さんは、今でこそオーストラリア産ビーフの味わいや安全面を知り、好きなビーフの一つになっているといいますが、子どものころはあまり良いイメージがなかったといいます。
岡村 「昔は『焼くと硬い』というイメージがありました。当時は、グラスフェッドが多くて、家庭でも適した調理が行われていなかったという面もあると思います。一方で、オーストラリアの生産者のみなさんもいろいろと工夫をされていて、黒毛和種を嗜好する日本向けにグレインフェッドを育てたり、さらに肥育期間をショート、ミドル、ロングと分けて育てるなど、多種多様なお肉があって選択肢が広がっていると思います」
もともとフレンチの料理人だった岡村さんは、アロッサに入る前、北海道のオーベルジュ(宿泊施設付きレストラン)で働いていたことがあります。大自然のなかで暮らし、その地でとれたジビエや野菜などを使って料理をする。作っている環境と料理が繋がることで、料理の説得力が増し、よりゲストに食材のすばらしさを伝えることができる料理人の仕事に、改めて強い意義を感じました。
岡村 「食材について、さらに深く考えるようになったのは、北海道での経験が大きかったです。その後、アロッサというオーストラリアに関わるレストランで働くことになって、牛肉以外にもオリーブオイルや海産物など、オーストラリアの食材に触れてみると、食材のクオリティの高さと安全への意識の高さを知りました。すごく感銘を受けたのと同時に、よい食材だからこそ手を加え過ぎないようにしてお客様に届けたいと思うようになりました」
オセマニアのハンバーガーは、食材に対して強い敬意をもつ料理人の岡村さんが作り上げたからこそ生まれた、ビーフ主体のハンバーガーだったのです。
岡村 「オーストラリアを中心にオセアニアの食材の良さをハンバーガーという身近な食事で感じてもらえたらうれしいです。オセマニアは、オセアニアの食を発信できる場所でありたいですね」