六本木、東京ミッドタウンのすぐ近くにある「听屋(ポンドヤ) 六本木店」(以下、听屋)は、国産牛100%のジューシーなハンバーグや、グラム単位で量を注文できる黒毛和牛のステーキのほか、豊富なナチュラルワインのセレクトなど、ビジネスも遊びも、グローバルに楽しもうとするオトナたちが日常的に通いたい「スペシャルティ肉食堂」がコンセプトのレストランです。
2014年に吉祥寺にオープンして以来、一貫して国産牛や黒毛和牛を中心にしたメニュー展開で昨今の肉ブームをリードしてきた人気店が2022年9月から新メニューとして発表したのが、オーストラリア産のグラスフェッドビーフ(牧草飼育牛)。なかでも、高品質な牧草を食べて育ったパスチャーフェッドビーフを中心にしたメニューでした。
国産牛や黒毛和牛にこだわってきた听屋がなぜ、外国産のオージー・ビーフを使いはじめ、よりこだわりの強いパスチャーフェッドという牛肉に魅力を感じたのでしょうか?
オージー・ビーフなら日常に寄り添った価格で提供できる
新メニューは「パスチャーフェッドステーキ 200g」のほか、「パスチャーフェッドの焼きタルタルセミドライトマトとエシャロット」などの前菜でもオーストラリア産のパスチャーフェッドビーフを使ったのは、「店舗としてお客様の選択肢を増やしたいと考えるようになったのが大きいです」と听屋の店長・岩﨑光さんはいいます。
岩﨑光さん(以下、岩﨑)「お客様が听屋に求める価値とは何なのかと考えたときに、本質的には、安全なものや身体にやさしいもの、自然なものを食べたいということがあるのではないかと考えました。国産食材を使っていることは、お客様にとってはひとつの選択肢であって、むしろ安心やナチュラルなものであれば、どこで生産されたかはそれほど関係ないのではないかと思ったのです。それならば、安全性が高いオーストラリア産ビーフを使うことは、お客様にとって選択肢が増えるよいことになるのでないかとチームで考えるようになりました」
さらに、国産牛の価格高騰も理由の一つにあげられるとも岩﨑さんはいいます。听屋は、東京・吉祥寺に2014年にオープンして以来、「オトナ向け」でありながらあくまで「食堂」のスタンスを守り続け、リーズナブルな価格で提供を目指してきました。しかし年々価格をあげざるをえない情勢下で、それでも利用し続けているゲストにリーズナブルなメニューを用意したいという思いも強くあったといいます。
岩﨑「今回の『パスチャーフェッドステーキ 200g』は、1,980円で提供させていただいています。この価格、じつは、听屋の開業当時の価格設定なんです。日常に寄り添った価格で提供できるというのもオーストリア産ビーフの魅力の一つです」
新しくオーストラリア産ビーフを導入したところゲストの反応も良く、200gという量でも注文が入ったそうです。今までたくさん食べたくても価格の面で断念していた人もいたことを実感したと岩﨑さんはいいます。
パスチャーフェッドビーフは、焼くのが難しいプロ向けの食材
広大な自然環境の中で放牧され、人工的な飼料や成長ホルモン剤、抗生物質を使わずに育てられるオーストラリア産のグラスフェッドビーフのなかでもパスチャーフェッドビーフは、マメ科やイネ科の植物など、牛の成長に良い牧草で育った牛肉です。さらにオーストラリア・タスマニア州のケープグリム岬で飼育されているケープグリム社のプレミアムな牛肉でもあり、だからこそ食べたいというゲストも多いと岩﨑さんはいいます。
岩﨑「なかなか食べられないお肉でもあるので、情報を知って当店に初めてきていただいたお客様もいらっしゃいます。先日は、お子様を連れたご夫婦のお客様がいらっしゃり召しあがられました。お聞きすると、お子様と一緒に安心して食べられる牛肉がいいということ。もともとお肉がお好きなご家族で、200gのパスチャーフェッドビーフを2つ注文されたのですが、良い状態で食べたいということで2回に分けて時間差でご注文されていました」
一方で長く国産牛や黒毛和牛を扱ってきた岩﨑さんにとっては、パスチャーフェッドビーフを焼くのは初めて。触っただけで肉質が異なり、包丁で切りわけても焼いてもまったく違う特徴の牛肉に初めは苦労したといいます。
岩﨑「和牛はサシが入っていてやわらかく風味もあります。焼くだけでおいしいのですが、パスチャーフェッドビーフは、サシがない赤身主体の肉質で、肉がもっている筋繊維の質がまったく違うんです。だからこそ赤身のうま味が噛んでいくことであふれ出てくるのですが、焼くと硬くなりやすいのもあって、焼き加減が難しかったです」
営業中は、和牛と同じ鉄板でパスチャーフェッドビーフも焼きますが、和牛を焼く場所とは違う場所で焼き、火が入りすぎないように注意しながら、ゆっくりうま味を逃さず焼くように注意していると岩﨑さんはいいます。
和牛には和牛、
オージー・ビーフにはオージー・ビーフの良さがある
听屋だけでなく、听屋を運営する食のクリエイティブカンパニー「デザイン・リンクス」の系列店でもメニュー開発を担当している千竃(ちかま)健司さんも、パスチャーフェッドビーフの魅力に惹かれた一人です。
デザイン・リンクスに参画する以前には、フランス料理の飲食店での経験もある千竃さんは、オーストラリア産ビーフをステーキにしたときのおいしさをよく知っているといいます。一方で、火入れの難しさも実感しているといい、だからこそ「バシッと決まったらすごくおいしい、プロならではの食材」だと感じているといいます。
千竃健司さん(以下、千竃)「和牛には、和牛の良さがあって、オージー・ビーフには、オージー・ビーフの良さがあります。それを活かしたメニュー作りをして、お客様にそれぞれの良さを感じていただきたいと思っています」
なかでもパスチャーフェッドビーフの新メニューに「パスチャーフェッド(200g)と黒毛和牛(100g) の食べ比べステーキ 300g」(3,580円)があるのも、パスチャーフェッドビーフと黒毛和牛の個性を食べ比べて感じてほしいという千竃さんや岩﨑さんの思いがあったこそ誕生したメニューです。
国産でなければいけない、放牧牛でなければいけないということではなく、あくまで決めるのはゲスト。そしてゲストにとってより良い食の出会いを生むのが、飲食店のもう一つの役目である。听屋のメニュー作りのストーリーから、そんな思いを感じとることができます。
岩﨑「お客様のご案内も積極的にしていきたいです。メインが黒毛和牛のステーキでしたら前菜に選ぶお肉は、『うま味たっぷりの黒毛和牛とナチュラルオージービーフのローストビーフ』でさっぱりとしてもいいでしょうし、逆にパスチャーフェッドビーフのステーキをメインにするなら、前菜は『黒毛和牛のミートボール』にしたりと、食べる方の選択も楽しんでいただきたいですね」
听屋はオーストラリアの文化と相性がいい
「牛肉だけでなく、オーストラリアという国全体の輸出物に対する安全への意識や、オーガニックやナチュラルな文化に対する意識は、听屋の本質的に提供すべき価値にあっていると思います」と岩﨑さん。もともとオーストラリアのナチュラルワインを听屋で出していたこともあるので、オーストラリア産の食材との相性も抜群です。ゲストの反応もよく、パスチャーフェッドビーフのメニューは、期間限定ではなく听屋らしいメニューとして、これからも続けていきたいといいます。
メニュー開発を担当する千竃さんも、オーストラリアの文化そのものに興味が湧き、肉と一緒に食べられる野菜メニューなどの開発にも取り組んでいきたいといいます。
千竃「多民族国家ならではの各国のスパイス使いや、ジャンルを超えたイノベーティブな料理にも興味があります。また、オーストラリア独特のバーベキュー文化も、听屋のスタイルによく合うと思っています。そもそも、听屋もジャンルがありそうでない自由なコンセプトの店でもありますから、本質的にも似ていると思います」
さらには、今回扱ったパスチャーフェッドビーフ以外にも、グレインフェッドビーフ(穀物肥育牛)には「放牧牛ならではのグラス(草)の香りとは違う、穀物の力強い風味があります」と、オーストラリア産でも飼育法が異なる牛肉にも興味があるといいます。
岩﨑「これまで听屋は、黒毛和牛のなかでも産地や銘柄などで地理的な軸で牛肉の多様性を伝えてきました。オーストラリア産の牛肉を使うことで、千竃がいうようなグレイン、グラス、パスチャーという育て方から生まれる多様性を伝えることができるようになったと思います。お客様には、さまざまな牛肉を比較しながら楽しんで召し上がっていただきたいですね」
東京の中心地で、多様な人たちが集まる六本木の「オトナのスペシャルティ肉食堂」に、これからも目が離せません。