かつてオーストラリア料理といえば「豪快なバーベキュー料理」や「大皿山盛りのシーフード」というイメージが先行し「美食の国」のイメージはありませんでした。
しかし、イギリス発のレストランランキング「世界のベストレストラン50」では、2002年にシドニーのレストラン「Rockpool」が4位に入賞するなど(日本からは「すきやばし次郎」が22位にランクイン)、オーストラリアには世界で評価されるレストランがすでにありました。
さらに2015年には、世界最高のレストラン「noma」がオーストラリア固有の食材などを求めてシドニーに期間限定レストランを開店。世界から注目を集めるようになると、日本にも「モダン・オーストラリア料理」といわれるレストランが多数上陸します。美食の国、オーストラリアの魅力を日本でも体験できるようになりました。
東京・田町にあるブティックホテル「プルマン東京田町」のエグゼクティブシェフである福田浩二さんは、日本でモダン・オーストラリア料理の名が知られる以前から、多民族国家であるオーストラリアを象徴するようなフージョン(融合)料理で、食を通じてオーストラリアの文化を発信してきたシェフです。
オーストラリアの文化が自分によくあう
高校を卒業してから飲食業界に入った福田さんでしたが、料理から距離をとりたいと一時期飲食から離れていたことがあるといいます。自動車の組み立て工場などでアルバイトを経験するなど、その期間は2年にもおよびました。
料理しかしていなかった福田さんにとって、新しい刺激が多い時期だったといいますが、それでも「何かもの足りない」と感じていました。「もう一度料理をしよう」と決意した福田さんの目に入ったのが、ニュージーランドのイタリアンレストランの料理長の募集でした。幸運にも採用され、英語もほとんど話せなかったにも関わらず、福田さんは海を渡ります。
そして、ニュージーランドでオーストラリアのスターシェフ、ルーク・マンガン氏と出会います。マンガン氏とともにオーストラリア国内だけでなく、アメリカの元大統領やヨーロッパ某国の皇太子の邸宅で料理をするなど世界各国を料理してまわる日々。日本に帰国してもマンガン氏の片腕として各国の新規店舗立ち上げに奔走。マンガン氏が日本に初出店した「ソルト・バイ・ルーク・マンガン」のエグゼクティブシェフにも就任しています。
福田浩二さん(以下、福田)「オーストラリアは、移民の国なんです。イギリスやイタリア、インド、アフリカやアジアなど、本当にいろいろな国の人がいて、その分、いろいろな料理がある。『モダン・オーストラリア料理ってなんなんだ』といわれて説明するのは難しいんですが、『おいしければいい』という自由なところがあると思います。そしてそういうオーストラリアの考え方が、僕にあっているとも思っています」
食材に特化した国だから「ヘンなことをしない」
オーストラリアを含むオセアニアのほか、ヨーロッパや北米、東南アジアのキッチンに入り、各国の文化を見てきた福田さんにとって、第二の故郷といえるオーストラリアは、食材に特化した国だといいます。
福田 「オーストラリアの面積は、769万㎢で日本の約20倍、アラスカを除いた北米とほぼ同じ広さです。その中に2569万人が住んでいます。人口は、日本の1/5くらいです。人口密度がまったく違うんですよね。しかも四方が海に囲まれているので水産資源も豊富。広大な土地があるので、十分自分たちが食べる分は賄える。だったら農薬とか、ヘンなものを入れないですよ」
畜産をみても、土地がふんだんにあるからこそ、わざわざ生産性を上げるために肥育ホルモン剤を投与する必要もなく、建物のなかに閉じ込めずに屋外でノビノビと育てることができるのがオーストラリアの畜産の基本的な姿です。
福田 「プルマン東京田町は、フランスのホテルグループです。ヨーロッパはとくに動物愛護の意識が高く、当ホテルでもゲージフリー(平飼い)の卵でなければ使えなかったり、親鶏の飼料もオーガニックであることが求められています。そういったなかでオーストラリア産の食材は、安全性とトレーサビリティ(食品の移動履歴)がしっかりしているので、安心して使えますよね」
とはいえ、プルマン東京田町のメニューを見てみると、平飼い卵のことはどこにも書かれていません。オーガニックな食材を全面に押し出すこともなく、トレーサビリティについても同様で、おそらく気付かずに食事を終えて帰る人もいそうです。
福田 「大切なのは、お客様が本質的に何を求めているかだと思うのです。料理のおいしさやサービスの気遣い、店内の雰囲気など、こちらから提供できることはありますが、それらをお客様が『居心地が良い』と感じるかどうかだと思うのです。お店にもよると思いますが、プルマン東京田町ではあえて積極的にお伝えすることはしなくてもいいと思っています」
もちろん、ゲストに聞かれれば答えると福田さん。だからといって安さだけを求めて仕入れをすることはしないともいいます。社会や企業のルールでなくても、栄養価が高く健康に良い食材だったり、無農薬や無投薬の食材を使いたいと考えるのは、自分が食べたいと思うから。そもそも自分が食べたくなかったり、子どもたちに食べさせたくない食材は使いたくないというのが、料理人としての福田さんのスタンスです。
料理人にしてくれたオーストラリアへの愛
「歌舞く」をコンセプトに、和と洋が調和した世界観が魅力のプルマン東京田町のエグゼクティブシェフである福田さんの業務は多岐にわたります。メインダイニングの「KASA」や、ホテルの9階にあるバー「PLATFORM 9」のほか、朝食やルームサービスのメニューなどを監修しています。
KASAは、ライブ感あふれるオープンキッチンで、天井が高くガラス張りで明るく解放感があり、田町周辺の地元客を中心に、土地柄ビジネスマンも利用するような誰にでも開かれた活気のあるレストランです。フレンチやイタリアンといったジャンルにこだわらない無国籍のフュージョンスタイルで、それはそのまま福田さんの料理スタイルのようです。
福田 「地中海料理がコンセプトで、もちろんフランスやイタリアなどの要素もありますが、ギリシャやモロッコといった日本では珍しい国の料理のニュアンスも取り入れています」
実際に5月のメニューには「鴨とフォアグラのテリーヌ」といったフランスの伝統料理を彷彿とさせるひと品がある一方で、料理名だけでは日本料理と思ってしまう「初ガツオのタタキ」、中東をイメージさせる「スパイシーラムケバブ」、アメリカのステーキハウスの定番「アイスバーグウェッジサラダ」など、メニューだけで世界一周旅行ができそうです。
福田 「食材も、どこの国に限定するということもないので、自由に何を使っていいんです。牛肉も、世界中においしいものがたくさんあります。だけど僕がオーストラリア産を使いたいと思うのは、『オーストラリアへの愛』しかありません。料理人を辞めようとまで考えた僕を料理人にしてくれたのは間違いなくオーストラリアです。その大切な国の食材を使いたい、ただそれだけなのです」
オーストラリアの牛肉を焼くと、楽しかった日々を思い出す
もちろんただの恩だけでオーストラリア産の牛肉を使っているわけではありません。すでに福田さんが話したように、食品製造上の安全管理やトレーサビリティが世界トップクラスであることや、肥育ホルモン剤を使わず放牧を中心にした飼育をするなど、信頼できる品質があることとともに、「肉の味」についても福田さんは料理人として高く評価しています。
福田 「近年は和牛とかけ合わせたF1種だったり、牧草飼育と穀物肥育を組み合わせた育て方をしていたり、タスマニアのきれいな海の近くで育てたプレミアムなグラスフェッド(牧草飼育)ビーフなどがあったりします。共通していえるのは赤身のおいしさだと思います。だから小細工しない、焼いて塩だけというようなシンプルな料理が合うと思っています。そこに季節の野菜をピューレなどにしたり、世界各国のニュアンスを加えた料理を添えて食べてもらうような料理をプルマン東京田町でお出ししています」
焼いて塩だけでオーストラリア産の牛肉は十分においしいというと感じる背景には、実はオーストラリアで暮らしていた時期の思い出でもあるといいます。
福田 「オーストラリアでは週末になると、誰かの家に集まってホームパーティを開くんです。何をするかというと、たいていはバーベキューで、牛の塊肉を豪快に焼いて、自分たち好みのミックススパイスをかけたりして食べる。それがすごく楽しかったんですよ。今でもオーストラリア産の牛肉を焼いていると、その楽しかった日を思い返すことがあります」
「おいしければいいんですよ」という言葉を福田さんはよく口にします。その言葉を言葉通りに聞くと「何でもいい」と無責任に感じてしまうかもしれません。しかしその言葉は、料理人として仕事をしたうえで「僕はこれがおいしいと思っているんです」というスタンスで、決して人に価値観を押し付けているものではありません。
「今、料理人、福田浩二が好きなもの」を集めること。その根底には、料理人として育ててくれたオーストラリアへの愛情が強くあるのです。