SHUNNO KITCHENは、料理家の二部桜子さんが主宰するケータリング・ブランドです。アパレルブランドが主催するイベントのケータリングのほか、東京・蔵前にあるアトリエでは、料理教室やEC通販も展開しながら、旬の食材や地球の環境にやさしい食材を使った料理を作っています。
「私は、食のコミュニケーター。食を通じて、おいしさ、喜び、四季を伝える”伝え手”なんです」と二部さん。アパレル業界から、食の世界に転身してきた二部さんが思い描く食の姿に、オーストラリア産グラスフェッド・ビーフ(牧草飼育牛)はかかせない食材だといいます。
丁寧に暮らした母とニューヨークでの生活が食のルーツに
八王子にあった二部家では、挿花家やエッセイストとして活躍していた母の治身(はるみ)さんが無農薬で花や野菜を育てては、活けた花を飾り、採れた野菜で食事を作る暮らしがありました。ニューヨーク・ブルックリンの大学でアートを学んだ二部さんは、卒業後は、マンハッタンでアパレル業界に就職し、バイヤーの仕事に就きます。アメリカで10年を過ごした後、日本に帰国。帰国後もバイヤー職を続け、世界各国を行き来する生活が続くなか「母の食」に対するありがたみに気付づいたといいます。
二部桜子さん(以下、二部) 「母の食の記憶とアメリカの食が私のルーツ。さらに当時は、アパレル業界も、モノを売るだけではなくコトを売っていこうという流れにありました。そうしたルーツをもとに食に絡めたコトに私の興味が向かっていくことは、自然なことでした。だったら、ファッションと食を合わせたことを自分でやれればいいかな、と思うようになったんです」
独立のきっかけは、日本に帰国してから通うようになったアメリカ西海岸、ロサンゼルスの食のスタイルでした。食が好きな現地のスタッフやデザイナーと意気投合。二部さんがロサンゼルスに行けば現地の最先端のレストランを、逆にロサンゼルスから来日するときは、二部さんが東京のお気に入りの飲食店を紹介するような交流が続きました。
二部 「行ったり来たりしているうちにLAの食の自由さに魅了されたんです。たとえば、日本の柚子とか味噌といった日本食のイメージが強い食材を、彼らなりの発想で自由に調理しているのを見たときに、『食をきちんと学んだことがない自分に、食の仕事をするのは無理かな』とどこかで思っていたことが、『こんなふうに自由に発想した料理が許されるなら、私がしてもいいんじゃないのかしら?』と思い始めるようになったんです」
アメリカでは日常的なSDGsやゼロ・ウェイストの話題
20年以上続けてきたアパレル業界を辞めて食の世界に転身した二部さんですが、完全にファッションから離れたわけではありませんでした。むしろブランドのレセプションやファッション誌のイベントのコンセプトを理解して寄り添っていきながら、母の記憶をもとにオーガニックな野菜を使ったり、再生可能なバイオプラスチック容器などを積極的に取り入れたケータリング・サービスとして「SHUNNO KITCHEN」を主宰します。
二部 「オーガニックのスーパーは、私が住んでいた20年ほど前のニューヨークには、それほど見かけなかったんですが、ここ15年くらいで当たり前になりました。SDGs(持続可能な開発目標)やアニマルウェルフェア(動物福祉)といった言葉は、それこそここ数年で日本でも聞かれるようになりましたが、アメリカでは、すでにふだんの会話のなかで使われているほど身近な問題なんです」
とくにファッション業界は、地球環境に対する問題意識やオーガニックや健康といったことへの意識も高く、食への関心も高いことで知られています。実際、ゼロ・ウェイスト(ゴミをゼロにする)やヴィーガン(完全菜食主義)の食が関わる社会課題へのアプローチも、世界的なトップ・モデルたちが取り入れ始めたことで、広がってきたという側面もあります。
二部 「サステナブル(持続可能性)やエシカル(倫理的)な食事って、すごく意識が高いように思われてしまうんですが、根本的には、おいしいのが大前提だと思っています。食べ物がいくら美しいとかサステナブルな意味があったとしても、おいしくなければ、それは無駄でサステナブルなことではない。それって罪だと思うんです。もちろん美しさでも期待度は超えないといけないんですけど、それをさらに超えるおいしさは、つねに求めていきたいと思っています」
二部さん自身も、そうした一つの選択のなかに、グラスフェッド・ビーフもありました。最初は、アメリカ産のグラスフェッド・ビーフを使っていたといいますが、味もよく価格的にも満足できるオーストラリア産のグラスフェッド・ビーフを愛用するようになります。
二部 「アメリカには熟成肉の文化があって、私もおいしいと思って食べていましたけど、一方で、狭い牛舎に入れられてホルモン剤を過剰に投与されていることも知っていました。『嫌だな』という気持ちがあったなかで、放牧という自然環境の中で育ったグラスフェッド・ビーフがあるのを知って食べてみたら、とてもおいしいと思いました。ですので、ケータリングするならグラスフェッド・ビーフにしたいなと考えていたんです」
「食べておいしい」から始める「食べることのチョイス」
実際のケータリングでは、オーストラリア産のグラスフェッド・ビーフのハンバーガーを作っていました。バンズは、東日本橋のベーカリー「ビーバー・ブレッド」、トマトは、甘いだけでなく香りと酸味があるオーガニックなものを。素材にこだわったスペシャルなハンバーガーです。
展示会のケータリングといえばあくまで展示がメイン。フードは添え物になることが多いなかで、ハンバーガーを何気なく口に入れた来場者が、そのおいしさに”二度見“して驚くような人が続出したといいます。その光景を見た二部さんは、「良かったぁ、おいしいと思ってくれるんだ」と、食材の力を実感し、その後の自信になったといいます。
二部 「とつぜん、友人やお会いした人に『畜産って、ちょっと悲惨な状況で育てられていることが多いと思うんですよね』と話題にしても、今の日本でそういう話をしたい人はあまりいないと思うんです。まずは、グラスフェッド・ビーフという選択があることを知ってもらうことで、考えるきっかけになってくれたらいいですね」
「You are what you eat.」(あなたはあなたが食べたものでできている)という言葉を、好きな言葉にあげる二部さん。アメリカのオーガニック料理の母と呼ばれるアリス・ウォータース(「シェ・パニーズ」のオーナー)の著書のタイトルになった言葉としても知られています。
二部 「食に対するサステナビリティが急速に変わってきているなかで、もうすぐ自分が口に入れるものをチョイスする時代になってくる。10年後や20年後、自分自身にあった食べ物を選択できるような世界で、グラスフェッド・ビーフもその選択肢の一つになっていたらいいですよね。そんな未来でも小さな発信源としてSHUNNO KITCHENがあればいいなと思っています」
コロナ禍で始めた「おうちでケータリング」
2020年に起こった新型コロナウイルスによるパンデミックで、それまでアパレル、コスメ、ビューティーヘルスといった分野の展示会のケータリングをしてきた二部さんでしたが、イベントは中止、仕事も激減してしまいます。
二部さんは、さっそくそれまでやってこなかったEC通販に挑戦します。届いた食材に簡単な調理を施して完成させるミールキット「おうちケータリング」をスタートさせるのです。メニューには、オーストラリア産グラスフェッド・ビーフを使ったSHUNNO KITCHENのシグニチャーともいえる「ハンバーガー」のほか、パスタ(浅草開化楼製の低加水パスタフレスカ「カラヒグ麺」)とパスタソースのセットなどが並びます。
この日は、「おうちケータリング」の新商品としてアメリカ南部のソウル・フードであるプルド・ビーフを使ったトルティーヤを作ってくれました。メキシコのハーブ「エパソテ」や、特製のメキシカンミックススパイスなど、素材をシンプルに調理したものにスパイスやハーブを合わせていく、西海岸のニューアメリカンスタイルのメキシカン・レストランで出てきそうな料理です。
二部 「ニューアメリカンスタイルって、説明しにくいんですが『フュージョン(融合)料理』と言えばいいかな、ジャンルにとらわれない、枠のない料理だと思っています」
スパイスを利かせた二部さんのプルド・ビーフのレシピは、脂の香りが強いグレインフェッド・ビーフ(穀物肥育牛)よりも、赤身主体で肉のうま味が強いグラスフェッド・ビーフの方が相性良く感じます。さらにサルサソースなどのみずみずしさの下支えにもなっているので、グラスフェッド・ビーフが二部さんの表現したい料理によく合うことが伝わってきます。
二部 「おうちケータリングのほか、いまは、料理教室も少人数でやっていますが、来る方もサステナブルな調理法やオーガニックな食材などに興味をもっていらっしゃいます。SHUNNO KITCHENを始めた頃からベジブロス(野菜の端材でとった出汁)を使っていますが、料理教室でも『やってみたい』と言ってもらえたり、メディアで取材をしてもらえたりするようにもなりました。コロナ禍で食に対する考え方が変わってきたように思います。ただおいしいものが好きというより、好きだからこそサステナブルなものがいいと考える人が多くなっていくのではないでしょうか」